ぎゅぎゅっとてんこ盛り : 第3回 中村伊知哉さん -前編-

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様々な分野の最先端の方々にお話をお聞きするインタビュー企画「ぎゅぎゅっとてんこ盛り」。今回登場するのは中村伊知哉さん。CiP協議会の理事長や慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の教授をされています。メディア政策、情報通信、デジタル知財、ポップカルチャーなどを専門分野とする先生が見据える展望についてお話を伺って来ました。今回は前編をお届けします。

 

—— 一万年の革命、一万倍のコミュニケーション。 ——

 

ーー 技術が発展することによって、色々な能力がエンパワーされてスピードが加速し、可能性がますます広がってくると思います。これらの時代に生きる世代に求められることはどんなことだと思いますか?

 

中村 人類のフロンティアが変わってきました。最初は陸地を切り開いて、次は海をフロンティアと定めて先進各国が船で世界に出かけていった。海洋を拓いた。5世紀ほど前のことです。その後のフロンティアが空。100年ばかり各国が開発している。その次が宇宙で、戦後から開発が盛んになりました。
 そして、僕らは、次のフロンティアに生きています。フロンティアは2つあります。1つはバイオテクノロジー。人の体の中に入っていくという非常にミクロな世界。もう1つは、バーチャル空間。これまで存在しなかった分野です。それを開拓してゆく技術をITと呼びます。ミクロ・ナノの世界と、バーチャルの無限空間を切り開いてゆく。これから100年は開拓が続くでしょう。
 テクノロジーが何の役に立つのか。ITやデジタルやネットは技術が誕生してから半世紀ですが、普及が始まったのは今から20年くらい前のこと。20年くらいしか歴史がないんです。
 これを第三次産業革命と呼ぶ人もいますね。一次が軽工業で、二次が重工業で、三次が情報産業という捉え方です。でも僕は産業革命じゃなくて、文化大革命だと考えています。産業を開発することより、僕たちの文化を変えていった意味のほうが大きい。巨大なIT産業が誕生したり、産業分野が活性化したことよりも、誰もがどこに居ても世界中の先進的な情報を得られるようになったことや、自分たちの考えを表現しやすく、発信しやすくなったことがより革命に値します。
 これは、一万年ぶりの大きな変化です。グーテンベルクが活版印刷を開発したのは1455年とされています。560年前のことです。人類は500年間ほど文字の文化に生きていました。文字が生まれる以前の人類は、映像で考えて映像として表現するコミュニケーションのスタイルだったのでしょう。それを最近のデジタル技術でもう一度取り戻した。
 アルタミラ洞窟の絵は1万年以上前にできました。当時、頭に描いた映像を表現しようとしていた。だけど、そのメディアが壁画しかなく、その場に縛られていた。今はどこにいても世界中の誰にもスマホで映像を発信し、共有できます。僕らは一万年前のコニュニケーション手段を手の中に取り戻したというのが、このデジタル20年で起きたことです。

 

 そして、早くもその次の技術がIoTやAI。一群の技術がデジタル20年を経たすぐ次にやって来ている。これは、1万年前を取り戻したのではない。そのはるか依然からの、人類が経験したことのないステージに立つということです。
これまでは、人と人がコミュニケーションしてきたpeer to peer の世界でした。日本では1億人×1億人のコミュニケーションを考えていればよかった。それが、モノとモノが直接繋がる時代になってきた。一人が100個のモノを持っているとすると、100×100で1万倍のコミュニケーションの爆発が起きます。
 その後ろにAIが宿ります。もうAIは僕らより賢くなりつつある。人より機械が賢くなって、機械同士がコミュニケーションする。人類が道具を発明して以来、これまでの経験と考え方では何も通用しない時代の境目に今たまたま僕たちは生きている。
 こんなにラッキーなことはないと思いません?100年ぶりのフロンティアの真っ只中で、1万年ぶりのコミュニケーションを得て、人類史初のステージに立つ。これがいっぺんにやって来ているんです。そんな瞬間を生きることができる。ワクワクしっぱなしです。
 これまでのものさしで推し量ることができない、予測したことがない変化がたくさん起きる。連続的に。非連続的に。ここ数十年で得た知識や知恵なんか役に立たない。今、僕らに何ができることは、これから起き続ける変化に対して「覚悟する」ということだけじゃないですかね。

 

 
 

—— バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ! ——

 

ーー 現状の日本に不足している点や、強みになることはありますか?

 

中村 日本の強みは、ものづくりの力と、ポップカルチャーを生む力、その技術力・文化力の両方を持っていること。さらに、それを使いこなす人がとても多い参加型社会であること、その3つです。
 初音ミクがその典型です。ボーカロイドというソフトウェア技術と、カワイイキャラクターの表現を、ニコニコ動画というソーシャルメディアで歌ったり踊ったり、みんなが自分の貢献できるいろんな参加をして育てていった。そして世界的なタレントに押し上げた。技術力と文化力とみんな力、この3つです。
 不足しているのは、今言った変化に対する「覚悟」でしょう。戦後からずっと戦争にも巻き込まれず、順調に成長してきたので日本は変わらなくてよかった。この20年、停滞しているけど、これまでの蓄積を食いつぶして生きている。だけど、そんなのはたかだかこの半世紀の平穏だし、これからは全てのいい面がごそっと保証されなくなります。今は「必ず変わる」ことに対する覚悟ができていないので、新しいモノが出てきた時の対応が全て遅れています。
 ITビジネスではアメリカに敗北しました。教育のデジタル化は途上国並みです。シェアリングエコノミーの利用意向は海外に比べうんと低い。これは多分に「空気」の問題。縮こまっているんです。日本ほど安全な国はないのに、みんなが不安がっている。大きな環境変化や新しいモノへの対応にビビっている。
 一億総ビビリ症がこの20年ほど蔓延しています。賞味期限切れにナーバスで、レバ刺しを禁止してしまう。ちょいとインフルエンザが流行りそうだと道行く人はみなマスクをつける。外国人から日本は疫病のパニックか?と聞かれることもあります。そんな空気を換えましょうよ。 
 赤坂内閣総理大臣補佐官は「スクラップ&ビルドでこの国はのし上がってきた。今度も立ち直れる。」とつぶやきました。シン・ゴジラで。うん、そう思います。東日本大震災の直後、銀座の年寄りが同じことをつぶやくのを聞きました。「ウチは50年で2回焼けた。関東大震災と東京大空襲。でもすぐ立ち直ったよ。だから大丈夫なんだよ。」うん、そう思いました。伊勢は20年ごとに神宮をスクラップ&ビルドして1300年になります。
 だからひょっとすると、新ビルドのためにはスクラップが要るのかもしれません。パンクにぶっ壊す覚悟をする時期でしょうかね。

 

ーー 他の国はもっと柔軟に対応しているのでしょうか?

 

中村 デジタル化という意味では、アメリカや中国が爆走しています。フランス、シンガポール、イスラエル、エストニア、それなりに対応している国もたくさんあります。でも、そうじゃない国も結構あって、日本もその一つ。
 オーソン・ウェルズが「第三の男」で発するセリフ。「スイス500年の平和が何を生んだ?鳩時計だよ」。MITメディアラボ創設者のニコラス・ネグロポンテが「終わった国」(finished country)とつぶやいたことがあります。15年ほど前、スイスのことを指して。ふとした話の流れで発したセリフですが、強く残っています。
 ネグポンの言う「終わった国」は、長い歴史のうちに成熟はしたけれど、現代になってさしたるイノベーションもなく、沈んだわけではないが輝きを失った、という意味でしょう。ぼくの耳には、日本を刺しているように響きました。デジタル化に乗り遅れ、終わりつつある。停滞し、沈んでいる。

 

ーー なぜ、覚悟が足りない日本になってしまったのでしょうか。

 

中村 これまではそれでうまくいっていたから。日本は、明治維新や終戦の時に、それまでの仕組みを取り壊して全部一から作り直すようにして次に移るという仕組みで動いていたんです。今回は、既存の状態のまま放っておきすぎて良くない状態ギリギリになって、作り直すために全部を壊さざるを得なくなってしまうかも知れません。
 だけど、壊すにしたって、国が沈むギリギリまでいってドカーンと壊して一から作り直すような大変なことをするよりも、今、気付いた瞬間から小さくプチプチとどんどん変えていくほうが安上がりだし、みんなハッピーではないですかね。
 北野武監督「キッズ・リターン」のラストシーン。自転車に二人乗りする主人公たちが言います。「オレたちもう終わっちゃったのかなぁ?」「バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ!」。

 

 
 

—— Imagine & Realize, Think Big Go Punk. ——

 

ーー 新しい技術が出てきて、最初に変わるものはどんなものだと思いますか?

 

中村 最初に変えなきゃならないのは入試でしょうね。ケータイでカンニングをして、捕まっちゃった子がいましたけど、彼がやったのは、デジタル技術を使い、外と連絡を取って、教えあったり、学びあったりしたということ。それこそ、これからの時代に求められる力です。 
 でも、みんなで学びあったり教えあったりするという実力、デジタルのリテラシーとみんな力とを、入試という人生の本番で発揮すると、逮捕されちゃうわけですよ。大学も社会も、どういう人材を必要としていて、どういう能力を育てようとしているのか、その腰が定まらないで、これまでのやりかたを是としている。
 入試なんてものは、コンピューターもネットもありで、その人の生きる力が分かるようにしなきゃいけない。試験に時計を持ち込むな、という動きが広がっています。アップルウォッチのせいです。グーグル・グラスが普及すれば、メガネもダメとなります。ウェアラブル機器が普及したら、裸で受験しろとなります。
 ちーがーうーだろー、ちがうだろ。
 問われるべきは受験生の行動ではない。大学、社会、大人の側に問題があります。そういったところを、まずは変えていかなきゃいけないんじゃないですかね。若い世代は新しいものを使い能力を発揮してゆく。それをどう伸ばすかです。

 

ーー 先生の取り組んでいらっしゃる「超学校」の構想もデジタル技術を使うということに繋がってくるのでしょうか?

 

中村 当然です。そもそも今後、学校というものが必要なのかも分からない。デジタル技術を使ってスマホ一台で世界の授業が受けられるようになっているという時代が、千年以上使われてきた学校の仕組みそのものを壊し始めているわけです。
 その仕組みそのものをガラッと変えて新しい環境を形成したらどうなるのか、というのが「超学校」という構想なんです。デジタル技術はもちろんのこと、これからの技術をどう使えば、みんなが教えあったり学びあったりする場を形成できるかという練習でもありますね。

 

ーー 学校というキーワードに行き着いた経緯を教えてください。

 

中村 20年前に僕が役所を辞めるきっかけからです。1995年に世界情報通信サミットという各国首脳が集まる会議がベルギーで開催されました。当時、政府からパリにスパイとして派遣されていた僕は会議に潜り込みました。
 この年は、これからパソコンやインターネットが普及するというタイミングで、今後の情報社会をどのように設計するかが議論になったんです。その時に、日本の民間企業の代表(故・大川功セガ会長)が、これからの情報社会は今の子供の世代が作っていくものなので、大人が考えてもしょうがないだろうと発言しました。子供に使わせて考えさせようと提案されて、G7各国の代表全員が賛同しました。
 僕はそれまで、政府でIT政策を作っていたのですが、子供達の環境をどのように作るかが自分のミッションだと考えるに至りました。それで、役所を飛び出してそのような研究に入ったんですけれど、そこからですね。

 

ーー 子供やこれからの世代に期待することはどのようなことですか?

 

中村 夏野さんの言った「クリエーションとイマジネーション」は僕も大事にしている言葉の一つです。言い換えると「Imagine & Realize」。想像して創造する。もう一つ好きな言葉は「Think Big Go Punk」。でっかく考えてひっくり返せ。頭の中で想像して、実際に実現するまでやり抜く。やるにしても、できるだけでっかく考えて、これまでとは全然違うものを作り出してゆく。そういうことのできる技術が、全ての人の手に渡るようにしたのがITの力です。それらを使って新しい世界をみんなで作ってもらいたい。

 

 
 

—— 変化を楽しむヤツが勝つ。 ——

 

ーー 様々な技術が身近になってきた中で、使う側に求められる能力はどのような力だと思いますか?

 

中村 変化を楽しむ力じゃないですかね。僕らの時代は、レールが大体決まっていた。こういう大学に入れば、こういう会社に入れて、これくらい出世をしてというのが見えていた。それが一切見えなくなったというのが今の時代です。大学に行っても先が保証されなくなりました。官僚になってもバッシングされ、銀行や大企業に入ってもいつ潰れるか知れません。
 でも、この間できたばかりの会社が市場をリードする強者にのしあがったりします。昔なら親に勘当された職業も、立派な進路となりました。マンガ家やお笑い芸人は尊敬の対象です。eスポーツでゲーマーもプロになり、オリンピック正式競技に採択されれば、日の丸を背負うことになります。
 一切のブランドが相対化されていて、ヒエラルキーも崩れていて、人生で何を選択してもかまわないという時代になりました。僕は今の若い世代がとっても羨ましいです。
 どんどん変わるから、何が正解かもわからないという状況変化でもあるんですね。これからもごろんごろんと変わっていく。今は威張っているのに、2年後はなくなっているかもしれない。今全く無名のベンチャーが明日は王者かもしれない。そういう変化があって嬉しいと思うのか、嫌だと思うのかで、人生が二つに別れます。
 僕は、変化を楽しむヤツが勝つ社会になると思う。ITは道具だから使えばいいし、学びたければネットで勉強すればいい。難しいことは何もなくなっています。逆に言えば、社会のせいとか、環境のせいとか、周りのせいにはできなくなりました。心の持ち方として、変化を楽しむこと、そして足腰を動かすこと。Imagine & Realize, Think Big Go Punk.

 
 

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慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授 / CiP協議会理事長
中村 伊知哉(なかむら・いちや)

 

【略歴】
1961年生まれ。京都大学経済学部卒。慶應義塾大学で博士号取得(政策・メディア)。 1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策を政府で最初に担当するが、橋本行革で省庁再編に携わったのを最後に退官し渡米。 1998年 MITメディアラボ客員教授。2002年 スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶應義塾大学教授。 内閣府知的財産戦略本部委員会座長、内閣府クールジャパン戦略会議、文化審議会著作権分科会小委などの委員を務める。 CiP協議会理事長、デジタルサイネージコンソーシアム理事長、映像配信高度化機構理事長、超人スポーツ協会共同代表、デジタル教科書教材協議会専務理事、吉本興業社外取締役、東京大学客員研究員などを兼務。 著書に『コンテンツと国家戦略』(角川Epub選書)、『中村伊知哉の新世紀ITビジネス進化論』(ディスカバリートゥエンティワン)など多数。