ぎゅぎゅっとてんこ盛り : 第1回 村井純さん

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各分野の最先端の方々にお話をお伺いするインタビュー企画。今回登場するのは、慶應義塾大学環境情報学部長・教授 村井純さん。インターネット誕生と普及について多大な影響を及ぼした第一人者です。村井さんの見据える技術の歩み展望についてお話をお伺いしてきました。

 

—我々の生き方にかける時間やスピードを変える新技術—

 

ーー 5Gやビッグデータや、その集積によってIoTの活性が見込まれますが、これらの技術が発達することにより私たちの生活はどのように変わっていくのでしょうか?

 

村井 全然変わらないんじゃないんですかね。私たちのやるべきこととか、生き方とか、好きなこととか、そういうのは変わらないんだと思うんです。技術が発達すると、そういうことがやりやすくなる。やれなかったことがやれるようになる。夢だったものが実現することができる。そういうことの意味は変わらない。
 つまり、我々の生活が何かによって変えられるのではなくて、我々が生きたいとか、変えたいとか、困っているとか、解決したいということが、今までと違った方法で出来るようになってくるってことは起こってくる。
 やりたいとか、解きたいとか、好きだとか、そういうことが自分でハッキリしていることが大事で、それが、新しい方法でできるようになるということ。だから変わらないというのも一つの答えだね。
 我々の生き方は変わらないけれど、我々の生き方にかける時間とか、あるいは、進化のスピードとか、そういうことは変わってくる。特に自分のまわりのデジタル技術、コンピューター技術がものすごく発達して、データを使って何かをすることができるようになった。データやコンピューター技術はすべての分野において、人間の脳、人間の体、ものの出来方ということに対する新しい力を持っている。
 だから、美容院でも、テレビでも、自動車でも、農業でも、医療でも、どんな分野でも、ものすごく貢献できるのがインターネットやIoTといったデジタルテクノロジーの発展なんだね。

 

 

—高度な技術がますます身近になってきていている—

 

村井 もう一つすごいことがあるんです。すべての部品がタダ同然になっちゃうこと。たとえば、GPSは位置が分かる。それだけですごいことが出来るようになった。95年には40万円していたGPSが、今やほぼタダ同然で、携帯電話に入っているのが当たり前。お金を払っている意識もないですよね。そういうことが平気で起こる。

 

 クラウドのインターネットにファイルがあって、昔は、「パソコンのディスクがいっぱいになる」とか「音楽ファイルや写真であふれる」とか言っていたんですけど、今の子は知らないんですよ。クラウドに入れると無限バックアップしてあって「写真ってデータサイズはないんだ」とか「とっておく場所を考えなくていいんだ」と、そんな感覚になってくる。

 

 同じように、例えば口述筆記は喋って文字になるじゃないですか。あれって、データベースを見てすごい処理をしているんですね。後ろにある膨大なデータと計算処理があってこそ、自動翻訳や口述筆記がすぐできる。今のスマホのCPUの能力並の性能を持つコンピューターは20年前には無く、3億円、10億円出しても買えなかった。それがあっという間に5万円くらいで買えるようになってポケットの中に入っている。コンピューターが買えるようになって、インターネットにつながって、クラウドで最適なストレージが使えるようになった。だから大昔は、コンピューターやパソコンを買ったときに、さらにハードディスクを買おうと悩んでいた。けど、今の子は迷わないです。「ハードディスクはついている分だけでいいや」みたいな。そもそも今はハードディスクって言わないで、メモリって言いますよね。

 

 というわけで、どんどん変わっていて桁違いに安くなってくる。いまお金を出さないとだめだと思うものが、10年後はタダ同然になっている可能性もある。ものすごい計算量も、データ量も、いくら使ってもお金がかからなくなっている。誰でもですよ、それがすごい。机がガタガタしたときに紙をはさんだらガタガタが止まるよね。自分で直しているんだよね。こんな個人の問題発見や、その解決の工夫は、もっとすごい力となって人間の能力がエンパワーされる。したがって、他人に頼んだり、ものを買ったりしなくても、自分で出来ることがもっと起こってくるのだと思うんです。

 

—能力がエンパワーされることで解決できる問題が増える—

 

ーー エンパワーされるのはどんなことですか?

 

村井 いまは3Dプリンターで物ができますよね。物のかたちをスキャンして三次元のデータにするのが、昔と比べると簡単に出来るようになった。写真を5枚撮れば、三次元モデルができる。例えば、足の写真を5枚撮れば、足の形ができるようなことが今はできる。

 

 SFCの3Dプリンターはメディアセンターでいつでもただで使えるんだけど、一番何が印刷されているか知っている? 福澤諭吉の像(笑)すぐ横にあって、みんなが写真で撮って三次元のモデルを作って、印刷すると三次元のミニチュアの福澤諭吉ができちゃうんですよ。上野に行くと売っている西郷さんのミニチュアを誰でも作れちゃう。昔はミニ銅像って、プロが工場でつくっていたけれど、いまは誰でも作れてしまう。

 

 いま看護医療学部の授業でやっていることがあります。看護師さんが介護している人が右向きにしか寝られないとき、あごの右側だけをつけているとただれてしまう。それを防ぐためにその顎のかたちをした枕みたいな物がないと困る。その人にフィットした形のものを当てたら快適だろうなというのは、介護の人や、その担当の看護師しか分からない。ほかの人に依頼して作ろうとしても、そんなビジネスは高価で保険とかの支援がないとできない。

 

 だけど、今はそのようなケースで、看護師さんが自分でその人だけのための特別な枕を3Dプリンターでつくれるようになるための教育プログラムがあるんですよ。ファブナースといいます。今までは寸法を測って発注してカスタムメイドの顎のせを作ってもらってた物が、気がつけばその場で作れて、一人で問題が解決できてしまうのです。

 

 

—間口が広がることでますます忙しくなるクリエイター—

 

ーー 技術が簡単になっていくなかでクリエイターは何をしていけばいいのでしょうか。あえて彼らがつくる意味がなくなりませんか?

 

村井 クリエイター人口の底辺が広がったら、絶対にすごいスーパークリエイターが出てくると思います。サッカーだって、どんどん底辺が広がってくると、みんな下手くそからはじまって、どんどん成長するようになる。1億総クリエイターになったとしたら、クリエイターの価値はあがりますよ。サッカー人口が増えたらサッカー選手の給料上がるように。

 

ーー 特別な人は価値を持つのでしょうか?

 

村井 まあ、特別じゃなくても、ちょっと特別な人は教えてあげればいい。ちょっと特別な人から何かを学びたい人はいっぱい出てくるし、ちょっと特別な人にやってもらわないと出来ないなということもあるし、すごく間口は広がるから、大丈夫。マーケットが広がって、みんながそれで悩むようになれば、専門家はものすごく忙しくなると思います。

 

ーー 例えばどんなことで?

 

村井 教えてくれとか、工夫をどうしようとか。だから、料理をみんながやるようになるとちょっと詳しい人は、ものすごい忙しくなるんだよ。料理家はもっと忙しくなるしさ。だから、そういうことじゃないでしょうか。それと同じで、みんなが料理をつくるようになる。

 

 

—インターネットやブロックチェーンの構造について—

 

ーー ブロックチェーンラボをどのような経緯で作られたのでしょうか?

 

村井 基本的にブロックチェーンというのは、ビットコインという仮想通貨の設計の中からできたのだけれど、データが通貨として動くところに仕組みがある。ビットコインというのは仮想通貨として良くできていて、その中のデータ構造がブロックチェーンと呼ばれる物。ブロックチェーンというのはデータの記録を、非可逆に、つまり戻ることができない記録を世の中全員で、自律分散型で共有していくという仕組みです。インターネットを設計していたときに技術的にやり残したことがあったけど、ブロックチェーンはそのうちの自律分散的なデータの共有という課題を解決するかもしれない。

 

 インターネットは、Peer to Peerのようにすべてが対称にコミュニケーションできるというような設計をしている。TCPというインターネットの中の技術も、どちらからスタートしてもきちんと通信が成立するような設計になっている。だから、設計の理念としてめざしているのは完全な自律分散システムで、みんながそれぞれの役割を果たして全体を動かすということ。

 

 これを広げるときに、本当は、誰と誰が繋がってそこから何かをはじめようというようなモデルをずっと考えていた。「メールを送りたいから誰か受け取ってくれる」という質問に応えるサービスロケーションプロトコルと呼ばれる仕組みが検討されていたんだけれど、インターネットのソフトウェアを配布するときの最初の締め切りがきてしまった。/etc/servicesというような、世界中でメールは25番、ウェブは80番にしようといった決めつけたデータで動かし始めてしまった。それで、コミュニケーションが自然に起きて対称になることはできなくなったのです。

 

 ところが、それがインターネットを流行らした原因だと思うんだよね。サーバークライアントという、「俺がここで待っているからさ、来いよ」みたいなモデルが、ビジネスモデルやサービスをインターネットで作るためにも分かり易くなって、圧倒的にインターネットが流行った一つの原因。その代わり、ポート25をスキャンされると、スパムがドバーッと送られてくることになったのも同じ原因です。

 

 つまり、設計はいつでも対称で、誰がどういう風に始まってもいいような、貴賎、区別、役割なしみたいなコミュニケーションができるのを理想として設計したんだよね、インターネットって。そうすると、みんなが持っているグローバルな共通のデータの基盤っていうのはある意味理想論で、その一種類がブロックチェーンだと考えられる。

 

 ブロックチェーンがインターネットのアーキテクチャとして大事かどうかは、ビットコインという仮想通貨としてのデジタルカレンシーの中で重要なのではなくて、インターネットの残されたデータ構造や信頼性のあるデータ構造をどうグローバルに作れるかが重要。しかも、みんなで。中央のコントロール無くして、ディセントラライズできるかってことはWWWの発展がそうであったように、非中央集権の分散システムとしての期待がある。

 

 従って、ブロックチェーンって呼ばなくていいと本当は思っているけれど、今何をやっているか分からないからブロックチェーンって呼んでおこうとなり、ブロックチェーンラボと呼んでいます。

 

—中央のいない自律分散システムでのインフラ基盤とは—

 

村井 だけど、本当は多分ブロックチェーンじゃないものができるんだろうなと思っています。けれど、大学でプロトタイプを作っているうちに、インターネットみたいなアプローチで産業が乗ってきて、この応用みたいなことが起こるんだろう。ビットコインができて、ブロックチェーンが他に使えるかというアプローチは、産業がやっているけれど、大学がやらなければいけないのは、これが正しく動くかとか、どこまでオープンにできるかとかだと思う。産業がお金儲けでブロックチェーンをやっていくと、社会的に意義のあることでも、お金を出してくれる人がいないとできない、というようなことを気にしなければいけなくなる。それで世界の基盤を新たに創るとするとやっぱり大学の役割はあるはずなのです。

 

 遅ればせながら、ブロックチェーンという名前を使っているけれど、これが証明しつつあることは、そのグローバルな信頼性のあるデータの流通基盤の一つだということ。そして、ディセントラライズ。誰も真ん中でコントロールしていないインターネットを象徴するようなデータ構造ができるといい。びっくりするかもしれないけれど、ドメイン名の一番上は12の組織が全部ボランティアで動かしているんです。世界中でそうやってバラバラにデータベースを動かしている。それが連結して一つのデータベースになっている。ドメイン以外にはまだそのようなものはないのです。

 

 どの会社が持っているでもないし、どの国が持っているでもないし、どの団体が持っているでもなく動いている。これが多分理想だと思うのです。もしこれで続けていけるのであれば。

 

ーー 誰もが持てて、誰でも入っていけるってところですか?

 

村井 みんなで力を合わせれば地球全体のものを動かせるっていうことが、インフラが誰かのコントロールで動く必要はないという意味なのです。

 

 オープン性というのはインターネットでは大変重要で、それだからこそ排他的でないことができるようになる。だから、もちろん大事です。誰でも参加できるというのは大事ですが、参加している一人一人が少しずつ責任を持つことで、全体が動くことも大事。こういうのが自律分散システムで、ブロックチェーンはその基盤として、そういった動き方をして、役割を果たせる仕組みの一つなので、大変貴重な成果だと思います。その概念を今後どう作っていくかを大学間で連携して、日本では東大や他の大学とも組んでプロトタイプを動かしたり、海外含めて26箇所動かしていますが、そこの上でテストをしていこうという役割を果たそうとしています。

 

 

—まだまだ塩漬けになっているやらなくてはいけないこと—

 

ーー 先ほどおっしゃられたブロックチェーン以外の“やり残したこと”について教えてください。

 

村井 例えば人間の抽象化などです。今ユーザーって、LINEのIDやEメールのように、インターネット上で“私”っていうときに色々な方法がある。これは、人間を識別するIDにすぎなくて、人のいろんな特性をどう表現するかということにはなっていません。識別IDならば、マイナンバーのように、自分を証明するためには色々使えるかもしれない。けれど、IDだけでなく、人の特定というものをどのようにデザインして人とシステムがどのように関係するのか、あるいは人を含むシステムがどのように設計できるのか、という点は整理が全然できていないのです。

 

 別の視点として、end to endで完全な対称性を追求する理念は道半ばです。例えば、今のCDNでビデオを送るときに、途中でどこかに貯めておくための真ん中のシステムがかなり仕事をしなければいけない。インターネットはend to endで動くので、一番外側で何かをしたときには、真ん中はデータを送っていればいい。だけど、その送り方が何であるかということを気にしなければいけないような一方向の技術だと、最初の本当の設計理念とは違う。違うのならば、どう決めなければいけないのか。関連する問題としては、ネットニュートラリティーで、真ん中で情報を盗んで人をコントロールしようというような政府がいたときに、真ん中がend to endのコミュニケーションに対する責任をどう定義するのかということにも関連します。

 

 更に、放送と連携する場合に一対多の通信をどのように提供できるのか。コンサートで100万人が見る一対多のマルチキャスト技術というプロトコルがありますが、完全にはできていない。でも、日本はひかりTVというIPv6のマルチキャストが世界最大規模のサービスを行なっています。ひかりTVの前のマルチキャストの最大数が数百ぐらいだったものが、突然、700万人へのサービスになった。これは大成功例ですが、NTTのネットワークの上でしか動きません。本当は地球全体のインターネットで動くべき設計になっているべきですが、なかなかできない。いろんな意味で。この映像という巨大なデータを世界中に配信するサービスをネットワーク間で伝搬すると、中継ネットワークで、自分の顧客が参加しない放送型のサービスのお金は誰がどうやって払うのかといったことを解決しないと、世の中には広がらない。いろいろな問題があるのが一対多の通信技術、マルチキャストのサービスです。

 

 それから、モバイルプロトコル。インターネットのプロトコルは、どこかへ行くたびに繋ぎ直さなければならない。電話の国際ローミングは、自動的に移動先で繋がり、番号が一緒の仕組みで電話はかかりますよね。けれど、インターネットとWi-Fiに繋ぐということはそこまでいってない。インターネットのモビリティーは、どう動くか。これも実は提案や実績が沢山あるけれど、全体で合意できる結果はでていない。

 

 こういうのをすべて足していくと、主に5つぐらいまだまだやらなきゃいけないなという領域の技術が塩漬けになっています。ちなみにブロックチェーンも塩漬けが長かった部分の話です。この分野の研究開発が続けられていかなければいけない理由の一つの視点です。

 
 

慶應義塾大学 環境情報学部長・教授
村井 純(むらい・じゅん)

 

【略歴】
工学博士(慶應義塾大学・1987年取得)
1984年東京工業大学と慶應大学を接続した日本初のネットワーク間接続「JUNET」を設立。1988年にはインターネット研究コンソーシアムWIDEプロジェクトを発足させ、インターネット網の整備、普及に尽力。初期インターネットを、日本語をはじめとする多言語対応へと導く。

 

内閣高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)有識者本部員、内閣サイバーセキュリティセンターサイバーセキュリティ戦略本部本部員、IoT推進コンソーシアム会長、社団法人情報処理学会フェロー、日本学術会議第20期会員。その他、各省庁委員会の主査や委員などを多数務め、国際学会等でも活動。

 

日本人で初めてIEEE Internet Awardを受賞。ISOC(インターネットソサエティ)の選ぶPostel Awardを受賞し、2013年「インターネットの殿堂」入りを果たす。「日本のインターネットの父」「インターネットサムライ」として知られる。